イランと米国 日本の危機
2026年 01月 10日
皆さん、こんにちは。
今日は、世界の出来事と、私たちの暮らしがどうつながっているのか。
そして、この国がどこへ向かうべきなのか。
そのことを、皆さんと一緒に考えたいと思います。
まず、遠い国のように見えるイランの情勢から話を始めます。
いまイランでは、市民が自由を求めて声を上げ、その声が厳しい弾圧にさらされています。
しかし同時に、イランの社会には、改革を求める民意が確かに存在します。
選挙では穏健派の大統領が選ばれることもある。
つまり、イランは単なる“強権国家”ではなく、内部に多様な民意があり、変化を求める力がある国です。
ところが、国際社会ではしばしば、イランが中ロ朝と同じ枠に押し込められ、
「危険な国」「対話不能な国」と一括りにされてしまう。
しかし、外から敵視を強めれば強めるほど、イラン国内では強硬派が力を持ち、
改革派の声がかき消されてしまうという歴史が繰り返されてきました。
私たちが学ぶべきは、
市民の声を支えるには、対話と理解が必要だということ。
外圧だけでは、民主主義は育たないということです。
次にアメリカです。
アメリカは他国の人権問題を厳しく批判します。
しかし、国内ではミネアポリスで市民が命を奪われるという深刻な事件が起きました。
どの国であれ、国家が市民の命と権利を守れないとき、
民主主義は大きく揺らぎます。
これはアメリカだけの問題ではありません。
私たち自身の社会の姿勢が問われているのです。
「他国の人権を批判する前に、自国の市民の声を聞け」
これは世界中の市民が抱いている共通の思いではないでしょうか。
そして日本です。
いま日本は、東アジアの中で孤立するリスクが高まっています。
中韓との関係悪化、国際協調の後退、地域の対話の不足。
このままでは、アジアの中で日本だけが取り残され、
市民の暮らしにも経済にも安全保障にも大きな影響が出かねません。
世界では、反グローバリズムの波が広がっています。
イランでも、アメリカでも、日本でも、
グローバル化の歪み、格差の拡大、地域の衰退に対する怒りが噴き出しています。
しかし、その怒りが
外国への敵意、
国内の分断、
少数者への排除、
国際的孤立
へと向かうとき、社会は必ず弱くなります。
怒りは理解できます。
生活が苦しい。
地域が衰退している。
将来が見えない。
その不安と怒りは、世界中で共通しています。
しかし、怒りだけでは未来はつくれません。
怒りは“燃料”にはなっても、“舵取り”にはならないのです。
私たちが守るべきは、
どの国の市民であれ、
どんな立場の人であれ、
一人ひとりの尊厳が踏みにじられない社会です。
そして、権力が暴走しないように、
市民の自由が守られるように、
立憲主義という土台をしっかりと維持することです。
新自由主義の歪みを正すことは必要です。
しかし、その反動で排外主義や強権政治に傾けば、
かつてのイランが経験したような危機を、
私たち自身が招きかねません。
だからこそ、私たちは、
怒りではなく、
対立ではなく、
孤立ではなく、
市民の声を中心に据えた、現実的で、包摂的で、尊厳を守る政治を選ばなければならない。
地域の声を聞き、
生活の不安に寄り添い、
アジアの中で信頼を築き、
世界の中で尊敬される日本をつくる。
そのために、皆さんと一緒に声を上げ、
未来を選び取っていきたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
by hiroseto2004
| 2026-01-10 12:28
| 国際情勢
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