西側は外の脅威を語る前に、足元を見つめ直すとき
2026年 01月 19日
西側は外の脅威を語る前に、足元を見つめ直すとき イランでイランことすな
世界の情勢が不安定さを増す中で、イラン情勢がしばしば大きく取り上げられています。
「危険な国」「中朝ロやサウジと同列」といった言葉が飛び交い、単純な善悪の構図で語られることも少なくありません。しかし、こうした語り口は、国の実情を見誤らせるだけでなく、私たち自身の社会が抱える課題を見えにくくしてしまいます。
イランは確かに政治的な制約を抱えた国です。しかし同時に、普通選挙が行われ、穏健派や改革派への政権交代も繰り返されてきました。都市部では教育水準が高く、女性医師や理系研究者の割合は日本よりも高い。市民社会の議論空間も一定程度存在し、若い世代を中心に社会改革を求める声も根強い。
こうした多様な側面を持つ国を、単純に「危険な国」とひとまとめにするのは、あまりに粗雑な議論です。
むしろ、外の国を“危険”と決めつける議論が盛り上がるときほど、私たちは自国の足元を見つめ直す必要があります。
アメリカでは人権の後退や社会の分断が深刻化し、治安機関の強硬化が問題視されています。日本でも、ジェンダー格差の固定化、労働者の権利後退の懸念、アジア外交の停滞など、見過ごせない課題が山積しています。
「民主主義国家だから大丈夫」という思い込みは、かえって内部の危機を覆い隠してしまいます。
広島は、外の脅威を理由に自由や人権が後退する怖さを、歴史の中で何度も学んできた街です。
だからこそ、私たちは冷静に考えたいのです。
外の国を敵視する議論が盛り上がるとき、それはしばしば「自国の問題から目をそらすための物語」として働きます。
しかし、社会の健全さを守るために必要なのは、外の脅威を強調することではなく、内側の制度疲労や分断の深まりに向き合うことです。
怒りや不安は、排外主義や陰謀論に回収されると、社会を壊す力に変わってしまいます。
しかし、そのエネルギーを社会改革や対話へと向けることができれば、民主主義を強くする力になります。
そのためには、市民一人ひとりが、支持する政治家や政党に対しても批判的な視点を持ち、誤りは誤りとして指摘する姿勢が欠かせません。
「支持しているからこそ、監視する」。
これこそが民主主義の基本であり、広島が世界に発信すべき姿勢でもあります。
イランを単純に「危険な国」として切り離すのではなく、むしろ鏡として使うべきです。
制約の中でも市民が政治を動かそうとする姿勢、女性の教育参加の高さ、社会改革を求める若い世代の声。
こうした姿は、私たち自身の社会の停滞を照らし出すものでもあります。
外の国を恐れる前に、私たちの足元を見つめ直すこと。
怒りを排外ではなく改革へ向けること。
異なる立場の市民の声に耳を傾けること。
それが、広島から発するべきメッセージであり、未来のために必要な姿勢ではないでしょうか。
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by hiroseto2004
| 2026-01-19 19:23
| 国際情勢
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