権力を監視することは、社会を守る行為で民主主義の根っこだ
2026年 02月 14日
皆さん、こんにちは。
私たちが今日ここで声を上げるのは、誰かを攻撃するためではありません。
この国の民主主義を、もう一度“市民の手に取り戻すため”です。
最近、こんな声をよく聞きます。
「野党は批判ばかりで意地悪だ」
「総理がかわいそうだ」
「厳しい質問なんてしなくていいじゃないか」
しかし皆さん。
権力に質問することは、意地悪ではありません。
民主主義の当たり前の仕事です。
イギリスの議会では、首相が野党の女性議員に厳しく追及されても、
「意地悪だ」「かわいそうだ」なんて炎上しません。
なぜか。
権力は必ずチェックされるべきものだ、という共通認識があるからです。
一方、日本ではどうでしょうか。
働き方改革、子育て支援、賃上げ――
こうした政策が「総理が与えてくれた恩恵」のように語られています。
しかし本来、労働者の権利は、市民が声を上げ、闘い、積み重ねて勝ち取ってきたものです。
ところが今の日本では、
「権利は上から降ってくるもの」
「批判すると空気を壊す」
そんな空気が広がっています。
でも皆さん。
空気では暮らせません。
暮らしを守るのは、空気ではなく、政治です。
そして政治を動かすのは、
総理でも、政党でも、財界でもありません。
市民の声です。
だからこそ、私たちは言います。
「質問することは意地悪ではない」
「権力を監視することは、社会を守る行為だ」
「市民が声を上げることこそ、民主主義の根っこだ」
昭和の時代、私たちは理不尽な権威に対して「なにくそ」と立ち向かいました。
今の若い世代は、直接的な暴力や抑圧を経験していないかもしれない。
だからこそ、私たち大人が伝えなければならない。
権利は、誰かがくれるものではない。
市民が勝ち取るものだ。
そのために、私たちは今日もここに立っています。
どうか一緒に、声を上げてください。
この国の民主主義を、市民の手に取り戻すために。
ありがとうございました。
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by hiroseto2004
| 2026-02-14 12:42
| 憲法
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