東京大空襲から81年――沈黙と迎合が生んだ誤解を断ち切り、空襲被害者への国家的責任を問う
2026年 03月 09日
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東京大空襲から81年――沈黙と迎合が生んだ誤解を断ち切り、空襲被害者への国家的責任を問う
明日で東京大空襲から81年を迎える。
1945年3月10日未明、東京は焼夷弾の炎に包まれ、わずか数時間で10万人以上の市民が命を奪われた。広島・長崎の原爆と並び、世界史上でも最大規模の無差別攻撃である。
しかし、この惨禍に対して米国政府が公式に反省や謝罪を表明したことは一度もない。
そして日本政府もまた、原爆被爆者とは異なり、空襲被害者への国家的援護を十分に行ってこなかった。
◆「日本は許した」という米国政府の誤解が、暴走を招いた
広島・長崎、そして東京大空襲について、日本政府が明確な抗議や反省要求を行わなかったことは、米国政府に重大な誤解を与えた。
「日本は原爆も空襲も許した」
この誤解が、米国の軍事行動に対する倫理的な歯止めを弱めたのではないか。
その象徴が、戦後の日本政府による カーチス・ルメイ大将への勲章授与 である。
東京大空襲を指揮した人物に対し、戦後の日本政府が「航空自衛隊育成への功績」を理由に勲章を与えたことは、米国側に
「日本は空襲を肯定した」
という誤ったメッセージを送った。
この歴史的事実は、米国の自己検証をさらに遠ざけ、核使用や大規模空爆の正当化に道を開いた。
◆米国以外の大国にも悪影響を与えた
米国が反省を示さないことは、米国以外の核保有国にも悪影響を及ぼした。
ロシア、中国、北朝鮮、イスラエル、そして最近ではフランスまでが核戦力を増強している。
「米国でさえ許されたのだから、自分たちも正当化できる」
この論理が、世界の核軍拡と威嚇外交を後押ししている。
広島・長崎・東京の惨禍が、逆に核使用の敷居を下げる結果になってしまったとすれば、これほど悲しいことはない。
◆日本政府は空襲被害者への国家責任を果たしていない
原爆被爆者には援護法がある。
しかし東京大空襲をはじめとする空襲被害者には、国家による包括的な援護制度が存在しない。
裁判所は「立法政策の問題」として被害者の訴えを退けてきたが、
政治判断で法整備を行うことまでは否定していない。
その中で、心強い動きも始まっている。
2025年12月、東京・世田谷区議会は空襲被害者への見舞金制度を可決し、2026年1月から運用を開始した。
空襲で心身に障害を負った区内在住者に対し、一人3万円の見舞金を支給する制度である。
これは地方自治体としては極めて先進的な取り組みであり、
「空襲被害者を見捨てない」という政治的意思の表明である。
国が動かないなら、自治体から動く――その象徴的な一歩だ。
しかし、本来これは国が担うべき責任である。
戦争を始めた国家の責任として、原爆と空襲を分断する理由はない。
広島から見ても、東京の被害者が置き去りにされている現状は看過できない。
◆広島から東京へ、そして全国へ連帯を
広島は被爆地として、核廃絶と平和の理念を掲げてきた。
しかし同時に、東京大空襲の犠牲者とも連帯しなければならない。
広島・長崎・東京――
三つの都市の惨禍は、いずれも「民間人への無差別攻撃」という一点で共通している。
そしてその痛みは、国境を越えて語られるべき普遍的な人権の問題である。
◆沈黙と迎合は禍根を残す
米国政府に対して、私たちは改めて求める。
広島・長崎・東京への攻撃について、明確な反省とお詫びを表明することを。
そして日本政府に対しても求める。
空襲被害者への国家的援護を、原爆被爆者と同様に整備することを。
沈黙と迎合は誤解を生み、誤解は暴走を招く。
81年目の東京大空襲の日を前に、広島から東京へ、そして全国へ――
私たちは連帯し、歴史の負の連鎖を断ち切る責任を共有したい。
by hiroseto2004
| 2026-03-09 18:18
| 反核・平和
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