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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

れいわ・上村議員ら、昨夏に #東京大空襲 の責任者のカーチス・ルメイ氏への叙勲取り消しを求める対政府交渉

上村英明衆院議員(当時、れいわ新選組)が昨年の8月14日に #東京大空襲 の責任者のカーチス・ルメイ氏への叙勲取り消しを求める対政府交渉を行っています。

うえむら ひであき(ヒデポン)<上村 英明>
@un18urakawa
お盆休みで人気のない国会周辺ですが、8月14日参議院議員会館で、「カーチス・ルメイ氏の叙勲取り消し」を求める政府交渉が行われました。カーチス・ルメイ、誰?と思われるでしょうが、日本政府の戦争被害に向き合う姿勢を考えるには重要な課題です。(8月6日の投稿で、戦争被害者に対する軍民差別の問題を紹介しています。)対象は内閣府と外務省の叙勲関係部局、主催は「沖縄戦遺骨収集ボランティアガマフヤー」の具志堅隆松さんです。
 カーチス・ルメイ氏(1906年-1990年)は米国軍人(退役時階級は空軍大将)で、1964年に日本政府から叙勲(最高位の勲一等旭日大綬章現在、の旭日大綬章)を授与されました。1954年に発足した航空自衛隊の創設に貢献したという理由です。
 しかし、ルメイ氏には別の顔があります。1945年1月に、日本の都市空爆の司令官に任命され、同年3月の東京大空襲、名古屋大空襲から、その後の富山、郡山など全国の都市への空爆の指揮を取りました。しかも、空爆の戦略を大きく転換した実務責任者がルメイ氏です。1944年11月には、B29爆撃機による爆撃が始まりますが、この場合、爆撃機は高度1万メートル近くで侵入し、通常爆弾で軍事目標への破壊攻撃を行う「精密爆撃」でした。これに代わって、ルメイ氏が実施したものは、高度1500~3000メートルの低空で侵入し、焼夷弾で民間人を含めて市街地を焼き払う「無差別爆撃」でした。空襲の被害者は約56万人と言われていますが(全国空襲連の資料)、その多くは1945年以降の「無差別爆撃」によるものです。
 日本の民間人へのいわば虐殺の責任者であるルメイ氏になぜ日本政府が最高位の勲章を贈らなければならないのか。それは、この戦後80年に空襲犠牲者やその遺族への冒涜ではないかと主張しました。叙勲取り消しを行うべきではないかとの要請です。
 国会議員は、社民党から福島みずほ、ラサール石井、またれいわ新選組からは私が参加しました。そして、2点、お話しました。①戦後80年の意味を考えてほしい。進展した、現在の国際(人道)法、例えば、国際刑事裁判所(ICC)規程(ローマ規程)からすれば、ルメイ氏は戦争犯罪や人道に対する罪に違反した明確な戦争犯罪人である。しかも、1998年に採択され、2002年に発効したローマ規程は日本でも発効し、裁判所長も日本人である。他方、受勲による「名誉」は現在も続いている。この国際法の精神に則って、ルメイ氏での受勲の取り消しを行うことは当然のことではないか。②受勲当時も議論があったが、当時の佐藤栄作首相は、戦前の問題と戦後の貢献は分けて考えるべきだとしたが、よく考えれば、戦前の問題は民間人への虐殺行為であり、戦後の評価は軍隊への貢献である。この両者を比べた時に、後者が重いとすれば、戦争被害者に対する軍民差別がここでも重層化されている。現政権の戦争被害者に対する公正な対応としても再検討の義務がある。
 外務省からは、こうした無差別爆撃が国際人道法上の問題であることは確かなので、本日の議論を持ち帰るとの回答がありました。因みに、史上最初の無差別爆撃は1937年ナチス・ドイツによるゲルニカ爆撃、そして、日本軍による1939年の重慶爆撃と言われています。#れいわ新選組、#上村英明、#無差別爆撃、#具志堅隆松、#ガマフヤー<写真はカーチス・ルメイ氏、会場の風景、省庁交渉後の最終コメント>

by hiroseto2004 | 2026-03-10 22:16 | 反核・平和 | Trackback