【広島瀬戸内新聞・社説】 二つの3.11──忘却と無責任の構造を断ち切るために**
2026年 03月 11日
二つの3.11──忘却と無責任の構造を断ち切るために** https://www.youtube.com/live/ga_bqtiP9d4?si=H0UGrbWGN6d7zbfv @YouTubeより
【広島瀬戸内新聞・社説】
二つの3.11──忘却と無責任の構造を断ち切るために**
今日で東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から十五年を迎える。だが、この国の空気には「のど元過ぎれば熱さ忘れる」かのような緩みが漂う。岸田政権以降、政府は「GX」の名のもとに原発推進へと舵を切り、AI需要や中東情勢を理由に原発回帰を正当化する声も強まっている。
しかし、私たちは忘れてはならない。原発事故の最終責任を誰も取らない仕組みは、今も一切変わっていない。 核のゴミの最終処分も見通しは立たず、避難計画は机上の空論のままだ。
広島に住む私たちにとって、これは遠い話ではない。県都の中心に位置する島根原発、半島の付け根にあり逃げ道が一本しかない伊方原発。いずれも重大事故時の避難計画は現実性を欠き、広島・瀬戸内地域の安全は脆弱なままである。
■ もう一つの「3.11」を忘れてはならない
3月11日は、2011年だけではない。1997年3月11日、動燃東海事業所で火災・爆発事故が起きた。
当初「鎮火」と発表された火災は、実際には燃え続け、夜になって爆発した。1995年のもんじゅ事故に続くこの失態に、当時の梶山官房長官が激怒し、動燃は解体へと追い込まれた。
だが、組織の看板を掛け替えても、隠蔽と無責任の文化は変わらなかった。
2人が亡くなった1999年のJCO臨界事故。2004年の美浜原発死亡事故、2007年の中越沖地震での柏崎刈羽原発の被害。そして、2006年には福島第一原発の津波リスクが国会で指摘されていたにもかかわらず、政府は耳を貸さなかった。
こうした「警告の連続」を無視し続けた結果が、2011年の福島第一原発事故である。
■ 教訓は継承されず、忘却だけが進む
福島事故後、国は「安全性の向上」を繰り返し強調した。だが、事故の責任は曖昧なまま、被害者救済は不十分で、裁判では国と東電の責任が次々と否定されている。
その一方で、原発推進の議論だけが加速している。まるで、あの事故が「なかったこと」にされつつあるかのようだ。
忘却は、次の災害を準備する。
1997年の3.11を忘れたとき、2011年の3.11が起きた。そして今、2011年の3.11を忘れようとしているとき、この国は再び同じ過ちを繰り返そうとしている。
■ 広島から問う──責任なき原子力政策を続けるのか
広島は、核の惨禍を経験した都市である。だからこそ、原子力の「安全神話」や「無責任の構造」に対して、最も敏感であるべきだ。
島根・伊方という“隣の原発”の危険性を直視し、避難計画の実効性を問い、核のゴミの行き場のなさを直視し、そして何より、事故の責任を誰も取らない仕組みを許してはならない。
■ 二つの3.11を記憶し続けることが、未来を守る力になる
2011年の3.11とともに、1997年の3.11も忘れてはならない。二つの3.11は、原子力政策の根底にある「隠蔽」と「無責任」を照らし出す鏡である。
記憶とは、過去を悼むためだけのものではない。未来の災害を防ぐための、社会の免疫である。
広島から、私たちは問い続けたい。この国は、同じ過ちを繰り返すのか。それとも、記憶を力に変えて未来を選び取るのか。



