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by hiroseto2004

 広島瀬戸内新聞・地域史特集 「天皇原」──安佐南区沼田町戸山に眠る“幻の行幸地”

 📰 広島瀬戸内新聞・地域史特集

「天皇原」──安佐南区沼田町戸山に眠る“幻の行幸地”

■ 山里に残る謎の地名「天皇原」
広島市安佐南区沼田町戸山地区。政令指定都市の一角でありながら、今も静かな山村の風情を残すこの地に、ひときわ異彩を放つバス停がある。
その名も「天皇原」。

地名に「天皇」が冠される例は全国でも稀だ。静岡県にも同名の地があるが、そちらは海岸沿いで古代の行軍路に位置する。一方、戸山の「天皇原」は山間の集落にあり、まるで誰かが密かに落ち延びたような雰囲気を漂わせる。

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■ 斉明天皇“落ち延び伝説”の可能性
この地名の由来を探ると、古代史の闇に光が差す。
推定される「天皇」とは、斉明天皇(皇極天皇の重祚)。

斉明天皇の治世、日本は百済救援のために出兵し、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した。
その後、斉明天皇は崩御とされるが、真相には謎が多い。

一説には、斉明天皇は百済王の余豊王章(よほうしょう)=後の天智天皇を名乗った人物らに責任を押しつけられ、九州から伊予へ落ち延びたとも。

その途中、福岡県朝倉から愛媛県西条市朝倉へ向かう道筋に、広島沼田町戸山が位置する。
この地に「天皇原」の名が残るのは、まさにその逃避行の途上に立ち寄った痕跡ではないか。

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■ 温泉好きな女帝、湯来温泉との関係
斉明天皇は温泉を愛したことで知られる。
戸山からほど近い湯来温泉は古くから湯治場として知られ、女帝が一時の安らぎを求めて立ち寄った可能性もある。
記録が残っていないのは、むしろ「政治的に危険な存在」とされた斉明天皇の行動が秘匿されたからだろう。

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■ 広島と「臨時首都」の系譜
広島が首都機能を持ったのは、実はこれが最後ではない。
1894年、日清戦争の大本営が広島城内に置かれ、明治天皇・伊藤博文・帝国議会が移動した。
つまり、広島は二度、天皇が滞在した“臨時首都”となった都市なのだ。

古代の斉明天皇、近代の明治天皇──
時代を隔てて、広島は国家の危機に際して「天皇を迎える地」として選ばれた。
その象徴が、今もひっそりと立つ「天皇原」バス停である。
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■ 地名が語る“記憶の地層”
地名は、歴史の化石だ。
「天皇原」という名が残ること自体、古代の行幸・避難・祈祷など、何らかの皇室的行為があった証左と考えられる。
戸山の山里に立つその標識は、広島が古代から政治的・宗教的中心に近かったことを静かに物語っている。

by hiroseto2004 | 2026-05-20 10:50 | 歴史 | Trackback