🟦 地域医療を考える映画上映会・橋村りかさん講演(2026年7月19日/広島市南区)報告記事
2026年 07月 19日
🟦 地域医療を考える映画上映会・橋村りかさん講演(2026年7月19日/広島市南区)報告記事
🟩 1|開催概要
日時:2026年7月19日
場所:広島市南区・留学生会館
内容:
鹿児島テレビ制作ドキュメンタリー映画 「負ケテタマルカ」 上映
医療ケア児の母・橋村りかさん 講演
🟩 2|映画「負ケテタマルカ」概要
7歳で小脳の難病を患った少年が、絵を描くことを生きる力にして12歳まで必死に生きた記録。
家族の支え、地域の支援、医療との連携が丁寧に描かれる。
🟩 3|橋村りかさん講演:ももかさんの歩み
🟥 3-1|「抱え込み」から始まった母の葛藤
ももかさんは 脳性麻痺。
医療ケアが常に必要。
車いすは 母以外触らせないほど抱え込んでいた。
夫にも
看護師にも触らせなかったという。
🟥 3-2|地域小学校との出会いが“心を逆転”させた
地域の小学校の先生が「遊びに来てください」 と声をかけたことが転機。
子どもたちが自然に集まり、車いすに触れた。
「来年から一緒に登校だね」と言った児童がいた。
この一言で橋村さんの気持ちが 完全に逆転。
帰る頃には「地域の小学校に入れよう」と決めていた。
🟥 3-3|小学校での“友人の協力”が圧倒的だった
ももかさんは多臓器不全で命が危ない時期もあった。
それでも橋村さんは「もし助からなくても、この学校に入れてよかった」 と感じたほど、友人の支援が大きかった。
胃ろうにして誤嚥性肺炎がなくなり、元気に登校できるようになった。
🟥 3-4|同級生の“観察力”が母を超えた
橋村さんがコミュニケーションを教えようとすると、同級生がこう言った。
「瞬き二回でYESだよ。おばちゃん知らんじゃろ。」
同級生のほうが、ももかさんを 深く観察していた。
これは地域教育の力を象徴する場面。
🟥 3-5|中学校での“政治力”に驚いた
中学校は全校270人。
小学校出身の友人は、わざと少し距離を置き、他校出身者が関わりやすいようにした。
本紙佐藤は、「同級生の高い政治力」に驚いた。
🟥 3-6|熊本地震での地域の支援
2016年熊本地震では、庭に避難中のももかさんを 親である橋村さんが知らない人(消防団員)が助けてくれた。
車から避難所への移動を手伝う
医療ケア児への理解が自然に広がっていた
🟥 3-7|17歳での旅立ちと“圧倒的な参列者数”
ももかさんは17歳で亡くなった。
葬儀会社の担当者が「こんなに人が来たのは見たことがない」 と驚くほど参列者が多かった。
地域のつながりが、ももかさんの人生を支え続けた証拠。
🟩 4|質疑応答:佐藤周一の質問
本紙・佐藤は次の点を質問。
■ 「小規模校だから可能だったのでは?」
小学校は 全校96人。
確かに有利だったと橋村さんも認めた。
しかし中学校は 270人。
それでも同級生が“政治力”を発揮し、他校出身者が自然に関われるよう調整した。
これは地域教育の質が高い場合、規模を超えて支援が成立する という示唆。
🟩 5|会場からの指摘:広島県の教育委員会の課題
会場からは次の声があった。
「広島県では教育委員会が障がい児を分離する方向を推進している。」
これは
インクルーシブ教育の遅れ
特別支援学校への過度な誘導
地域学校との連携不足など、広島の構造的課題を示す意見。
🟩 総括
**橋村りかさんの講演は、医療ケア児が地域で育つために必要なのは“制度”よりも“人の観察力と政治力”であることを示した。
ももかさんを支えたのは、小規模校の環境だけでなく、地域の子どもたちの主体的な協力だった。広島県の教育行政の課題も浮き彫りになった。**




