エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

カテゴリ:新自由主義批判( 64 )

橋龍失神KO負け20年、新自由主義を問い直そう

20年前の1998年7月12日、橋本龍太郎(故人)総理率いる自民党は参院選で失神KO負けと言える大惨敗を喫した。自民党は44議席に後退。民主党が27,共産党が15に躍進した。

前年の1997年に消費税増税や健保負担増を強行。金融恐慌も招いた橋本は有権者に罰せられた。

しかし、残念なのは「橋本KO負け」が「新自由主義への反省」につながらなかったことである。

今、強行されようとしている「水道民営化」にせよ、強行された「高プロ」などを「新自由主義」という。「新自由主義」は橋本龍太郎政権が加速させた。

しかし、当時、躍進した政党のうち(旧)民主党は、「自民党以上に新自由主義」的な部分が大きかった。社民党なども直前まで自民党と連立を組んでいた経緯から新自由主義立法にはことごとく賛成していた。

日本共産党(この選挙で15議席に躍進)と新社会党のみが新自由主義立法に反対を貫いていたが、当時共産党も「新自由主義」を名指しで批判していたわけでは無かったし、新社会党は議席を失ってしまった。

結局、新自由主義への反省無きまま、小渕政権による労働の規制緩和、さらには、小泉政権による凄まじい新自由主義構造改革、そして、今の安倍政権による水道民営化や高プロ、TPP関連法などの新自由主義施策へとつながっていく。

20年前、せっかく新自由主義のチャンピオンの橋本龍太郎がKO負けしたのに、新自由主義批判につなげられなかったことが、今に禍根を残している。

by hiroseto2004 | 2018-07-12 06:15 | 新自由主義批判 | Trackback

二周遅れの安倍ジャパン

二周遅れの安倍ジャパン

昨日衆院委員会で水道法改定案が強行。民営化のみ削除した修正案を野党側は出すも否決。(人口減少に対応した広域化とかは野党も賛成。問題は「民営化=コンセッション」を混ぜ混んでいること。働き方改革の高プロ混ぜ込みと一緒。)
世界は水道民営化で弊害を感じ、再公営化の流れ。しかし、せっかくの世界の経験をいかすことなく「これから」水道民営化に乗り出す安倍=麻生ジャパン。
二周遅れを進んでいると勘違いしている痛すぎる国になっている!
by hiroseto2004 | 2018-07-05 15:04 | 新自由主義批判 | Trackback
バブルと貧困は両立しうる~現在の惨状を招いた竹下登・橋本龍太郎の「大罪」~

意外なようだが、バブルと貧困は並立しうる。
 忘れがちだが、昭和末期のバブルでも、「ニュープア」とか「豊かさが実感できない」という言葉はマスコミなどでは、飛び交っていた。

 富が一部のお金持ち・大手企業に集中する一方、消費性向が高い庶民は言われているほど余裕がなく、お金を使わなければ、実体経済は良くならない。

 お金持ちや大手企業が貯め込んだお金は投機に回ったり、怪しげな企業への融資に回る。こういう状態が、昭和末期のバブルでも、平成末期の現在でも起きている。

 昭和末期には住専への融資、平成末期の現在は、株価の上昇はもちろん、「はれのひ」など怪しげな企業への無理な融資となっている。他方で、日本の庶民は、主要先進国でも唯一、名目賃金が伸びない状況、教育費の公的支出のGDP比率は最低、などという状況におかれている。

 ちなみに、1980年代後半(=昭和末期)に、竹下登蔵相・幹事長・総理が、お金持ち減税を行う一方で、消費税を増税。さらに、橋本龍太郎運輸大臣が国鉄民営化で労働組合潰しを行った。

 1990年代中期(=平成前期)には橋本が大店法廃止を含む新自由主義的な法案を次々成立させると共に、消費税増税を強行した。

 今の惨状のおおもとは、昭和末期~平成前期に既に形成されていたのであって、ひとり安倍晋三のせい、というわけではないことにも注意は必要だろう。


by hiroseto2004 | 2018-01-25 18:26 | 新自由主義批判 | Trackback
「バブル崩壊後に金融機関が次々と破綻し、その損失穴埋めに公的資金が投入されました。それは最終的に血税でまかなわれるでしょう。日本の納税者は金融業界の不始末の尻ぬぐいをさせられたのです。また、この間、預金の金利はほとんどゼロに抑えられています。一般の預金者に入るべき金利が大規模に不良債権の処理に回されています。このようにして、私たち日本の納税者、預金者は他人の損失をかぶって日本の金融システムを守ってきたのです。にもかかわらず、その金融システムを利用 して富を築いた企業や人の一部が、タックスヘイブンにその富を逃している。私はこれを理不尽な話だと思います。」
そのとおりです!



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by hiroseto2004 | 2017-12-18 09:53 | 新自由主義批判 | Trackback
「公務員のくせに新自由主義大好き、医療介護切り捨ての急先鋒に立っている財務官僚や総務官僚は、最初から外資系金融会社へ行ってください。

あなた方の人件費(天下り対応分も含む)を介護現場に回した方が国民のためになるのではないでしょうか?」



広島市の副市長(総務省出身)は、介護保険部門の民間丸投げを来年度から進めるという。まずは本社社主が住む東区から。
また、財務省こそは介護保険切り捨ての急先鋒である。
例えば、訪問介護の生活援助サービス。財務官僚は執拗に切り捨てを求めてきた。厚労省もこのほど財務省の圧力に屈してしまった。全国平均を標準偏差の二倍から外れた範囲の利用回数はおかしいという。あまりの硬直的な思考にビックリする。
認知症とか透析患者、特に男性の場合、生活援助がどうしても多くなる人はいる。
他方で、車椅子だけど身の回りは全部やる、外出や入浴時のみ身体介護利用という人もいる。

上記のように、日本の場合、中央官僚自体が新自由主義の推進者という複雑な状況もある。

結果として、野党も「官僚批判」が主になってしまい、それがいつの間にか、新自由主義者に悪用されるという悩ましい構図がある。

要は、「官僚がきちんと憲法の各条項を活かして仕事をするように監督する政治家」を選び、さらに継続的にチェックすることが大事です。

by hiroseto2004 | 2017-11-28 20:38 | 新自由主義批判 | Trackback

橋本龍太郎(故人)は、間違いなく、ネオリベないし新自由主義を大きく進めたという「罪」(財界からすれば「功績」)が大きい政治家の1人だろう。

1987年、橋本が運輸大臣として行った国鉄分割民営化は間違いなく労組潰してある。そして、1990年代半ばには、自民党内の新自由主義者・小泉純一郎さんや、新進党党首・小沢一郎さん(当時は、海外派兵&新自由主義のチャンピオンだったが、民主党入党時に旧社会党Gと連携し、社民主義寄り・護憲寄りに転向した。)に煽られる形で、ネオリベ政策を進めていった。

しかし、そのネオリベ政策は、金融恐慌を招き、橋本は98年の参院選で大惨敗し、退陣した。

だが、当時の世論は「政権運営に失敗した橋本にお灸」という感じであって、「新自由主義に反対」という感じではなかった。日本共産党、民主党は躍進したが、ネオリベ法案に新社会党と並んで断固反対し続けた日本共産党はともかく、民主党は、むしろ「田舎のしがらみ」がある自民党よりもネオリベな人も少なくないくらいだった。

どちらかというと、民主党も自民党的なしがらみのなさを重視する層を取り込む戦略だった。日本共産党も、「ネオリベ」と名指しで批判しだしたのは小泉政権以降ではないのか?(日本共産党員の方で詳しい方、間違っていたら指摘して頂きたい。もちろん、日本共産党が矢田部理委員長率いる新社会党と並んで橋本の新自由主義的な法案に反対してきたことは高く評価している。)

やはり、生活の要求をガツンと打ち出す運動がようやく巻き返し始めたのは2000年代後半だと思う。その一つは、団塊ジュニア(就職氷河期世代)を中心とする独立系労働運動であったことは確かだと思う。わたしもその運動には広島では中心的に関わった。

ただ、正直、当時は、いわゆるリベラル派内部でも、当時、「生きづらさ」を訴える「我々」若者(今は、中高年にさしかかっているが)に対する視線は極めて厳しかった。

それでも、民主党が「国民の生活が第一」を掲げた結果、若者でも相当民主党に投票した人は多かった。ただし、すぐ期待は裏切られた。

だが、民主党がふらついたのは、「生活の要求に基づいた大衆運動」に支えられていなかったと言うことも大きいと思う。その結果として、様々なマスコミや官僚の攻撃に耐えきれなかったのである。

そうした中で、絶望した我々世代の中には「公務員に天誅!」「団塊世代に天誅!」的なノリで「大阪維新」などに期待してしまう人間も少なくなかった。

また、2011年以降は、反原発運動にいわゆるリベラル派の力点が置かれたこともあり、労働や医療、介護などの面での深刻さは、日本共産党系以外では、後回しにされた観はある。
共産党においてさえ、野党共闘の強調は良いが、せっかく同党が取り組んできた介護や医療、労働問題などでの多くの「実績」(特に都道府県や市町村レベルでは大きい)と結びついた打ち出しが弱かった印象はある。

正直、現時点で、新自由主義に対抗するには、個々人が、自分たちの生活上の要求をガツンと打ち出すことだろうと思う。そこが、まだまだ決定的に不足しているし、それを恥とする文化が根強いが改める必要がある。

「身近な誰某に天誅!」より、まず「自分はこれこれこういうことで困っている」ということだ。「身近な誰某に天誅!」を加えることありきでは、自分の問題は解決しないからだ。


by hiroseto2004 | 2017-11-10 21:56 | 新自由主義批判 | Trackback
小泉の親父さんもひどかったが坊ちゃんももっとひどいな

小泉の親父さんもひどかったが坊ちゃんもひどいでな。
何が、年金は75歳以上だ?!

だいたい、社会保障を削ったら、それに備えて人々は余計な貯金をするしかなくなる。そうすると、消費が伸び悩み、余計に経済が縮小する。そして税収が落ち込む。そういう無限ループに陥るだけだろうに。

世界でも日本でもカネはあるところにはある。
きちんと回るようにするのが政治家の仕事だろう。

by hiroseto2004 | 2017-07-21 11:45 | 新自由主義批判 | Trackback
「既得権打倒」で大都市部サラリーマンを取り込み、総仕上げはサラリーマンをぶっ潰す新自由主義

竹信三恵子教授の「正社員消滅」という本が波紋を呼んでいます。

新自由主義というのは、そもそもは、大都市のサラリーマン層をうまく取り込んで主流化したといえます。

自民党はそもそもは、大手企業と行政権力を中枢としつつも、自営業者や田舎の医者や農民も取り込んで幅広い支持を得ていました。

新自由主義者は、自民党内の反主流派ないし保守系の新党のイデオロギーとして登場した。

国鉄はけしからん。規制に守られた農民や中小商業者はけしからん。医者はけしからん。こういうことを叫んで、大都市部のサラリーマン層(大手企業正社員、正規公務員層)にウケた。

主に、日本社会党からサラリーマン層を引きはがしたのです。労働組合員も国鉄のストに辟易した国鉄以外の労組所属のサラリーマンと国鉄労組で分断されていった。

そして、1990年代には、医者や農民、中小企業をぶったたくことで、生活者のための政治になるという幻想がかなり広がったのです。これを「旧・新自由主義」とわたしは呼んでいます。

この時期を代表する政治家は、国鉄分割民営化時の運輸大臣であり、総理在任中は「構造改革」を進めた橋本龍太郎でしょう。

しかし、1990年代中ごろには、すでに、新自由主義を進める中核である日経連(現、日本経団連)は「新時代の日本的経営」により、正社員比率を引き下げ、非正規社員比率を上げていくことを狙っていた。

「国鉄、田舎、医者、農民、中小企業」が打倒された後は、「サラリーマン」が標的になっていた。

1990年代末頃からは、まず、氷河期に乗じて正社員採用を減らし、非正規に置き換えていくという手口からスタートした。小渕恵三内閣時代の1999年、小泉純一郎内閣時代の2003年と相次いだ労働法制の改悪である。

現役の大手企業・公務分野のサラリーマンの組織である連合も「調整弁」として非正規を拡大することにはこの時期は同意してしまった。

だが、それは、00年代後半に大きな禍根を残すことになった。

格差は拡大し、2008年のいわゆるリーマンショックで、「職を失えば家を失う」という状況が生まれ、衝撃を人々に与えました。こうしたことも背景に2009年には「国民の生活が第一」を掲げた民主党が政権を奪取したのです。

他方、このころから、今度は公務員や正社員を攻撃して、非正社員が比較的多い団塊ジュニア・ポスト団塊ジュニアあたりにバカ受けする政治家や評論家が目立ち始めた。橋下徹さんがその典型例である。このタイプの新自由主義は「新・新自由主義」ともいえる。これに対して、多くの正社員や公務員は「自己責任論」で非正規労働者を切り捨てる傾向がありました。

比較的年配世代の正社員・公務員およびそのOBの「旧・新自由主義」と団塊ジュニア・ポスト団塊ジュニアの「新・新自由主義」、そして、当時の民主党を持ち上げた「格差是正」の流れがせめぎあった。結局のところ、新・新自由主義が、反自民票を割る形になって自民党を利してしまい、2012年の安倍政権復活となります。

そして、このころになると、正社員や正規公務員自体も少数派に追い込まれ、「お前正社員だから何でもしろ」と「無茶ぶり」をされるための「正社員」になっていたのです。

年配世代からは、「しんどいのは自己責任」と言われ、同世代の非正規や中小企業労働者からはねたまれる。

もちろん、集団としての正社員・正規公務員が、田舎や医者や農民や中小企業者をねたんで叩き落し、非正規労働者をさげすみ、「自己責任」と切り捨て、自ら(旧)新自由主義を担ってきたたことへの因果応報として「正社員消滅」がある、と言ってしまえばそれまでです。

だが、本当におかしいのは、そうやって、切り捨てることで儲けてきた集団が、違法とは言えないがせこい手法で外国に財産を飛ばすなどして税金を逃れてきたことである。

さらには、国内労働者の切り捨てで国内市場が冷え込み、その代替を外国原発企業に求め、大失敗した東芝のような例も出てきています。

「大手企業正社員・正規公務員ざまあみろ」論は、労働組合「連合」や民進党のふがいなさとも結びついて、いわゆる市民派や野党支持層の中でも結構あるし、そういう考えになるのもわからないではない。

だが、そんなことを言っていても問題は解決はしないのです。

ひとつは、社会保障が所属企業に左右される企業主義だったことが、上記のような分断を招いたとも言えます。民主党が政権時代に志向した「国民の生活が第一」は、それを是正する狙いがあったのです。それは悪くなかったし、今度野党が政権を取ったときはきちんとその方向でやり遂げるべきだ。

今までの腹立ちはさておき、「個人の尊厳」を守る経済政策が求められます。


by hiroseto2004 | 2017-06-08 16:04 | 新自由主義批判 | Trackback
「橋龍惨敗」を「新自由主義惨敗」にできなかった痛恨
(敬称略)

1998年参院選で自民党は惨敗し、橋本龍太郎は「政治家として心にあるものはある」との言葉を残して退陣した。

橋龍はなぜ、惨敗したか?

それは、
「走れ、走れ龍太郎、小沢小泉かき分けて
 走れ、走れ龍太郎、追いつけ追い越せ引っこ抜け」
とばかりに、野党第一党党首だった小沢一郎※や、総裁選の対抗馬だった小泉純一郎と新自由主義を競い合ったからである。
1997年は凄まじい消費税増税や、規制緩和が行われ、デフレ圧力がかつてなく高まった。
日本共産党と新社会党以外、橋本の新自由主義に反対する者はいなかった。
極めてファッショ的な状況の中で橋龍は「火の玉になる」とばかりに構造改革に突き進んだ。

その結果は、拓銀破たん、山一破たんという日本発の金融恐慌であり、1998年の自殺者3万人突破である。

橋龍の恒久減税への対応がぶれたこともあり、橋龍への国民の怒りは爆発。自民党はわずか45議席にとどまり、惨敗した。橋龍の脂汗がにじんだ顔は忘れられない。

しかし、この参院選は結局のところ、当時は「新自由主義の敗北」という受け止められ方はしなかった。

日本共産党はともかくとして、共産党と同時に議席を伸ばした民主党や自由党に至っては、所属議員の多くが、経済政策でも外交・安保でも自民党の本流よりもむしろタカ派だったりするケースも多かった。それでも、「結果を出せなかった」ことへの「お灸」として、民主党や自由党に投票した人も多かった。

これでは、「お灸」という認識はあっても、それが新自由主義に待ったをかけるまでにはいかなかったのも当たり前である。

おかげで、その後も、新自由主義は繰り返された。小泉純一郎、橋下徹などなど。

その原因の一つは、1998年の参院選で橋龍が惨敗しながら、橋龍が進めた「新自由主義の敗北」という受け止め方がされなかったことにあるのではないか?

そのように思っています。

(ちなみに、橋龍のあだ名は「ポマード」でしたが、実際には水溶性の整髪剤だったそうです。)

※小沢一郎さんは今でこそ、護憲派寄り・社民主義寄りの政治家の代表格の一人ですが、1990年代までは新自由主義、海外派兵、原発推進のチャンピオンでした。


by hiroseto2004 | 2017-04-24 17:30 | 新自由主義批判 | Trackback
「自己責任」論が根強い日本の役人

今村復興大臣は、謝罪はしましたが、「自己責任」発言は撤回していません。
ちなみに彼は国鉄ご出身の方です。
絵に描いたような官僚出身議員。どこにでもいるタイプです。
東大法学部または経済学部→官僚→首長か国会議員。
しかし、そもそも、自己責任論が貫徹するのであれば役人なんぞいらないのです。
ところが、何を勘違いしたのか、日本の役人には自己責任論者が多い。
最近では、自治体職員でも、京大とか早慶レベルの大学卒業者も多いのですが、やはり自己責任論が強い感じがします。
要は
「国民、市民のために働く」
ために、安定した待遇が保証されるということを忘れ、
「俺は頑張って勉強して難しい大学に入り、役人になったのだから、この待遇は当然。他のヤツは勉強をサボっていたのだから自己責任!」
という考えにどっぷりつかっているのでしょう。
これは、総務省に限らず、厚労省あたりでもそうでしょう。
だからこそ、自分はのうのうと天下りで甘い汁を吸いつつ、あんな国民にサービスカット、負担増を一方的に押しつける「改革」なんぞが出来るわけです。

日本の役人(正規公務員)の多くが自己責任論に汚染される中で、それへの反発として、「自治労打倒!」の橋下徹さんらが登場。バカ受けするという倒錯した状況がある。



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by hiroseto2004 | 2017-04-06 23:44 | 新自由主義批判 | Trackback