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エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004
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タグ:戦時中 ( 5 ) タグの人気記事

もはや「戦後」でも「戦前」でもなく「戦中」であることは明白

平成の「満州某重大事件(張作霖爆殺)、1928年」=911テロ(2001年)

平成の満州事変(1931年)=イラク戦争、そして日本のイラク派兵(2003年)

平成の三陸大津波(1933年)=東日本大震災(2011年)

平成の2.26事件(1936年)=大阪ダブル選挙(2011年)

平成の東條英機(統制派)=安倍晋三(自民党右派)

平成の青年将校=橋下徹

平成の社会大衆党(既成政党攻撃で軍国主義者をアシストした左翼)=2011年から2013年頃、既成政党批判至上主義に走ってしまった一部市民派→我々「市民派」は、既成政党批判至上主義という「平成の皇道派」になっていなかったか?

平成の軍機法(1941年)=特定秘密保護法(2013年)

平成の太平洋戦争開戦(1941年)=安倍晋三の対イスラム国宣戦布告(2015年)

平成のドゥーリットル空襲(1942年)=ダッカ日本人殺害事件(2016年)

平成の翼賛選挙(1942年)=2014衆院選、2016参院選→74年ぶりの戦時下国政選挙・・・ドーリットル空襲からダッカ・テロへ

平成のガタルカナルの戦い?=南スーダン?

平成の満州事変=イラク戦争は、アメリカがテロの濡れ衣をイラクに着せた所から始まった。
そして、その延長線上に日本の海外派兵も行われているし、安保法もある。

そうである以上、きちんとイラク戦争および、テロの真相を隠したブッシュ被疑者らの責任追及が必要である。

昭和時代、満州事変は完全に大日本帝国憲法にも、軍法にも違反する行為だったのに、放置したことが大日本帝国の滅亡を招いた遠因だったことを総括すべきなのと同じ。

戦時中でも翼賛体制に与しない議員はそれなりにいました。現代ではなおさらです。諦めない。
これが大事です。

by hiroseto2004 | 2016-10-18 21:00 | 9.11テロとイラク・アフガン戦争 | Trackback

南スーダンで六十人が死亡しました。


もはや、南スーダンが「戦中」であることは明白です。

現地に派遣されているPKOの自衛隊員もたまたま巻き込まれていないだけで戦中にあることは明白です。

例えば、第二次世界大戦中に、

「東京は大空襲されているけど、まだ広島市は空襲されていない」

という状態で、「広島市は戦時中ではない」といってもそれは強弁です。

それと同じことです。


さらに言えば日本そのものも戦時中です。

多くの日本人の頭のなかで「戦時中」といえば「自分の町に空襲があったこと」とほぼイコールになっています。

それがいけないのです。


そうではない。

いま、というより2003年にイラクに自衛隊が行ってから、日本は戦時中なのです。

「戦闘」を「衝突」と言い換える安倍晋三さんは論外だ。

だが、今を「戦前」と呼んでいる方々の認識もまだまだ、甘いのではないか?

「戦争はこれから始まる」
のではなく、
「もう始まっている。」
のです。

となると、安倍晋三が選挙に強いのは当たり前で、安倍晋三は「戦時首相」だからです。

「戦時中だから頑張っている首相の脚を引っぱるな。」


そういう空気は確かにあります。


始まってしまった戦争をどこで止めるか。被害をいかに最小限にして戦争を止めるか。

もはやそれが問題なのです。


by hiroseto2004 | 2016-10-18 20:08 | 安保法案 | Trackback(1)
国境なき記者団の調べによると2016年の日本の報道の自由度は、世界180カ国中72位に転落しました。

東アジアでは、台湾の51位、モンゴルの60位、韓国の72位に次ぐ4位です。下は中国の176位と北朝鮮の179位のみです。

安倍政権になってから、報道の自由度は右肩下がりです。






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by hiroseto2004 | 2016-04-21 07:35 | ジェンダー・人権 | Trackback
広島ブログ
【くどいようだが、「もうとっくに、戦時中」です】
 
 2015年11月の今の状況は、1943年(昭和18年頃)に相当する戦時体制である。




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by hiroseto2004 | 2015-11-17 20:48 | 反核・平和 | Trackback
広島ブログ

「衆議院選挙では日本共産党、しかし、市議選、県議選では自民党。」
好きな政党があるわけではないが、さりとて、無党派・市民派候補を支持するわけでもない。
「無所属?そりゃ駄目だ。」
という反応をされたりするみなさん。

ここ数年、特に2010年代に入ってから、こんなタイプの有権者が少なくとも広島都市圏で「爆増」しているように実感します。

わたくし、さとうしゅういちはこれらのみなさんは、「無党派層」ではなく、「多党派層」とおよびすべきではないか、と考えています。

■冷戦崩壊と無党派・市民派首長・議員の台頭

一昔前だと、いわゆる無党派層が、無党派・市民派の議員や首長候補を特に地方選挙で押し上げる傾向にありました。

1991年のいわゆるソビエト崩壊、冷戦崩壊が一つの契機であると考えられます。
また、政党を支持してきた団体の影響力が弱まってきたことなど、右肩上がりの経済状況の終焉などがあげられます。一方で、まだこのころは、中堅世代以上にはそこそこの経済的余裕もあり、環境や参加民主主義を主な課題として追求する市民派へのニーズも高まっていました。

1993年の浅野史郎・宮城県知事を皮切りに、1995年の青島・ノック現象。そして、2000年の田中康夫長野県知事、福田・栃木県知事と無党派・市民派の知事の誕生が相次ぎました。

1990年代後半には、日本共産党の躍進と市民派・無党派の躍進の流れが併存していました。1999年の国立市での上原市長誕生はその流れに位置付けられます。
石原慎太郎東京都知事も1999年の初当選の際の選挙では「右の市民派」というべき存在だったと考えられます。2002年の田中康夫知事再選、2003年の統一地方選挙でのいわゆる市民派候補の躍進などで、市民派・無党派への流れが頂点に達しました。

広島市でも、秋葉忠利・広島市長が1999年、2003年と無党派で当選を果たしています。また、無党派を標榜する市議が2003年市議選で誕生するなどしています。
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秋葉忠利市長(2002年当時)と田中康夫知事(当時、中央)。さとうしゅういちも両者を応援させていただきました。

また、小泉純一郎さんも「市民派的」な雰囲気を最初は醸し出し、2001年参院選では、バカ受けしました。


 








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by hiroseto2004 | 2015-05-30 20:53 | ヒロシマの心活かす市民発・政界再編 | Trackback