エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

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橋龍失神KO負け20年、新自由主義を問い直そう

20年前の1998年7月12日、橋本龍太郎(故人)総理率いる自民党は参院選で失神KO負けと言える大惨敗を喫した。自民党は44議席に後退。民主党が27,共産党が15に躍進した。

前年の1997年に消費税増税や健保負担増を強行。金融恐慌も招いた橋本は有権者に罰せられた。

しかし、残念なのは「橋本KO負け」が「新自由主義への反省」につながらなかったことである。

今、強行されようとしている「水道民営化」にせよ、強行された「高プロ」などを「新自由主義」という。「新自由主義」は橋本龍太郎政権が加速させた。

しかし、当時、躍進した政党のうち(旧)民主党は、「自民党以上に新自由主義」的な部分が大きかった。社民党なども直前まで自民党と連立を組んでいた経緯から新自由主義立法にはことごとく賛成していた。

日本共産党(この選挙で15議席に躍進)と新社会党のみが新自由主義立法に反対を貫いていたが、当時共産党も「新自由主義」を名指しで批判していたわけでは無かったし、新社会党は議席を失ってしまった。

結局、新自由主義への反省無きまま、小渕政権による労働の規制緩和、さらには、小泉政権による凄まじい新自由主義構造改革、そして、今の安倍政権による水道民営化や高プロ、TPP関連法などの新自由主義施策へとつながっていく。

20年前、せっかく新自由主義のチャンピオンの橋本龍太郎がKO負けしたのに、新自由主義批判につなげられなかったことが、今に禍根を残している。

by hiroseto2004 | 2018-07-12 06:15 | 新自由主義批判 | Trackback
橋本~小泉がデフレ下で構造改革(規制緩和)でデフレ悪化を招いた(備忘録)

構造改革(規制緩和)というのは供給側の改革で、やればやるほど物価は下がる。デフレ要素だ。

日本は1990年代後半のデフレ期に橋本龍太郎(故人)が構造改革(規制緩和)に突き進んだ。
同時に消費税増税で財政も引き締めたからデフレは悪化した。
橋本は参院選で惨敗し退陣したが、残念ながら構造改革や新自由主義の問題点はさほど省みられなかった。
その後、小渕政権は財政は拡大したが主に大金持、大手企業の優遇で派遣法緩和も行った。総体として財政拡大のデフレ打ち消し効果が減殺した。そして、小泉政権。
1990年代後半から2000年代前半にかけてすさまじいデフレが続いた。
少子化も加速した。
この時期に、保育や介護、あるいは高齢社会を見据えた交通や住宅などに投資をしていれば大分あとが楽だったろう。デフレもひどくはないし、暮らしの不安も大分軽減されていたと思う。
そもそも構造改革とは物価が暴騰するのと不景気が併存したイギリスで生れた論調で日本には当てはまらない。1990年代にはドイツがシュレーダーで政府支出を斬りまくったが、これもドイツの政府支出比率は日本よりはるかに多い状態であった。前提を無視した流行の真似も惨事の背景にあったと思う。

安倍晋三はちなみに金融緩和は悪くないが、「財政」は「お友だち(加計学園や原発武器企業)優遇」で「高プロ」など労働規制緩和路線なのが問題である。

by hiroseto2004 | 2018-06-03 06:12 | 安倍ジャパン | Trackback
【備忘録】「旧・新自由主義」(橋龍~小泉)と「新・新自由主義」(橋下)、「バブル復古主義」(安倍)

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日本の新自由主義化の段階には大きく分けて二段階あるでしょう。
一つは、1980年代後半から1990年代にかけての「旧・新自由主義」とでもいうべきもの。
このときの新自由主義は、財界が、従来は野党支持層だった大都市の大手企業正社員や公務員(≑連合組合員)の大半も巻き込んで進めました。
攻撃対象は、農民、医者、中小商店主、郵政、国鉄などです。農民や医者や中小商店主、郵政については、「こいつらが既得権益をむさぼっているから、日本の物価は高いんだ!」という論調を経団連が煽り、それに「消費者の利益」を大義名分に攻撃対象となった国労や郵政を除く大半の連合組合員も乗っかってしまった。
裏では「新時代の日本的経営」(1994年から1995年)ということで、非正規雇用を増やすことを決定していたのですが、多くの正社員・公務員も、民主党はもちろん、連合や社民党でさえも、1990年代後半の労働法制改悪は賛成してしまっていた(秋葉忠利さんら一部造反議員を除く)のです。
これから就職する若者については、非正規労働者にして調整弁とすることで、団塊世代やバブル世代の大手や公務の正規労働者も同意してしまったのです。
この時代の代表的な政治家は1987年の国鉄解体の運輸大臣であり、1997年ころの怒濤の新自由主義構造改革を進めた橋本龍太郎(故人)でしょう。
この時代は、日本共産党と新社会党を除く全ての政党が新自由主義に賛成していたのです。日本共産党でさえも、個別の法案には断固として反対したが、「敵」の「正体」を「新自由主義」と呼ぶことはしていなかったのではないかと思います。(特に日本共産党員の方、間違っていたら指摘して頂きたい。)
その橋本を当時は新自由主義寄りから煽り立てたのは総裁選の対抗馬で郵政民営化一本槍の小泉さんと、当時は、新自由主義・海外派兵推進のチャンピオンだった小沢一郎さんでした。
もちろん、生活者ネットとか市民派的な特に女性や若手の議員もこの時期から一世を風靡しました。しかし、そういう方々は新自由主義にそこまで反対したかと言えばそうではないと思います(失礼があったら訂正して頂きたい。)もちろん、日本が遅れていたジェンダー平等とか情報公開、環境などの面で特に当時の女性や若手の議員が果たした役目は大きいと思いますが、システムとしての新自由主義批判は弱かったと思うのです。
さて、橋本はそうはいっても、1998年の参院選で惨敗。しかし、共産党とともに躍進したのは、まだ新自由主義色が濃い民主党であり、自由党でした。従って、橋本構造改革への批判は十分にされないまま、2000年代に突入。
その結果として、2001年には小泉純一郎政権が発足。郵政や「地方」への攻撃がさらに強化されていきます。2005年の「郵政選挙」と郵政民営化は「旧・新自由主義」の終着点でした。
こうした中で、2003年に民主党に入党していた小沢一郎さんは、社民主義・護憲寄りにスタンスを変更。2006年に代表に就任し「国民の生活が第一」を掲げたわけです。
新自由主義に疲れていた国民にはこれはウケた。2007年参院選での圧勝、2009年衆院選での政権獲得につながったのです。
特に、正社員や正規公務員以外の人は「旧・新自由主義」の元で大きく痛んでいたわけで、そこに大きく民主党が支持層を広げることになります。
他方で、新自由主義でひどい目に遭った自営業者や団塊ジュニア~ポスト団塊ジュニアくらいの非正規雇用者の中には、「正社員・公務員の既得権益」、さらにはその層の「卒業生」である「団塊老人」およびその利益代表である「既成政党」「連合・自治労・日教組」に「天誅!」を加えることに展望を見いだす向きもありました。

彼らが「みんなの党」「大阪維新の会」などを持ち上げていった面は多々あります。「共産党と橋下さん両方好き」という人が結構おられるのも、そういうことです。

また、これらの新党の個人主義的な側面が目立ったことで、既成政党の「古さ」を嫌う大都市部で主にウケたと分析できます。「橋下さん」や「みんなの党」については「新・新自由主義」と呼ぶことができます。

さらに、3.11以降は、原発利権への反発が強まった。そのこと自体は結構なことだが、その勢い余って既成政党全般に「天誅!」を加える向きもあった。

 このころ、民主党自体が、官僚に敗北し、失望されていった。せっかく、「国民の生活が第一」だったのに「旧・新自由主義」(そういう認識はされていないで「既得権益」という表現をされていた)に回帰しているのではないか?そういう失望が国民に広がっていった。

そうした中で、2012年、安倍晋三さん率いる自公が「間隙を縫うようにして」政権を奪還したのです。安倍さんは、どちらかといえば「1980年代のバブルのようなものを復活させる」幻想を振りまいて、地方(新自由主義や原発、基地でひどい目に遭っている東北や沖縄を除く)の主に上層を固めたうえで、大都市部での反自民・非自民票の分裂に乗じて独裁態勢に入っています。

この頃の状況と2.26事件の頃を比較すると以下のことがいえます。
2011年~2012年頃の「既成政党への天誅」的な政局=2.26事件
2012年総選挙=東條英機ら「統制派」による権力掌握。
民主党など既成政党や既存労組=2.26事件における高橋是清
団塊世代=斉藤実や牧野伸顕ら元老。
「我々」=上記に天誅を加えた2.26事件における青年将校(具体的な行動は、橋下さんを支持したり、新党を立ち上げたり、選挙を日和ったりなどまちまち)。
安倍晋三=東條英機ら統制派。
このようにたとえられます。

安倍バブルにより、首都・東京では財政的な余裕も生じている。こうした中で、小池百合子知事が、大都市の中間層を主な支持基盤としてウケているという状況になっています。小池知事は、1990年代の橋本龍太郎政権時代の野党第一党の新進党や1930年代の立憲民政党(永井柳太郎)に似た新自由主義とタカ派と一定の社会政策と(都民限定の)多様性尊重という路線を取り、野党共闘を侵食しています。

安倍自民党=バブル復古主義。政策的には地方上層を主な基盤とする立憲政友会的路線を取りつつ、東條英機的ポジションをうまく取る。
小池ファースト=東京中心の(主には)旧・新自由主義。立憲民政党的路線。
大阪維新=大阪中心の新・新自由主義(2.26事件の青年将校的な役回りをさせられる)

これらに対して
「個人を尊重」しつつ、「格差を縮小する」の路線を取る政治勢力の結集が今求められるところです。
野党共闘はそうなるべきところですが、民進党が都議選で議席ゼロになりかねない状態です。
 主に1980年代後半以降、「組織から漏れた個人を救おうとする勢い余って」が「新自由主義」(1990年代は橋本構造改革、2000年は小泉)や、結果として「平成の東條英機」安倍総理らを利する「既存物」への「天誅!」に回収される歴史が繰り返されてきました。ここで、打ち止めにすることが必要です。

by hiroseto2004 | 2017-05-07 18:51 | 安倍ジャパン | Trackback

先日、家族で競馬場へ行ったとき、走れ走れコータローの替え歌がついつい浮かんでしまいました(笑)


走れ走れ龍太郎 小沢小泉かき分けて
走れ走れ龍太郎 追いつけ追い越せネオリベラル

走れ走れ龍太郎 タクギンヤマイチなぎ倒し
走れ走れ龍太郎 追いつけ追い越せネオリベラル

その心は

二十年前、橋本龍太郎総理が、当時は新自由主義のチャンピオンで有名な小沢一郎さん、小泉純一郎さん顔負けの新自由主義を突っ走ったから(笑)


走れ走れ安倍晋三 小沢・よしのりかき分けて
走れ走れ安倍晋三 追いつけ追い越せ 戦争へ

走れ走れ安倍晋三 秘密安保共謀罪

走れ走れ安倍晋三 追いつけ追い越せ戦争へ


その心は

二十年前は小沢一郎さんが海外派兵の急先鋒で小林よしのりさんがネトウヨの元祖だったのに、当時はただの無名の世襲若手議員だった安倍晋三さんが彼らのお株を奪っているから(笑)

SEALDsの若い諸君は生まれてもない時代、小沢一郎さんこそが、海外派兵と新自由主義のチャンピオンでした(笑)
小林よしのりさんこそがネトウヨの元祖でした。
そのお二人が、今や、戦争とお金持ち中心政治をばく進する安倍晋三さんをたしなめる側に回っているのは歴史の皮肉です。
笑い事ではないが(笑)

(※もちろん、小沢さんには小選挙区制の総括、小林よしのりさんにはネトウヨ製造の総括をして頂きたいものです。)



by hiroseto2004 | 2017-05-02 10:21 | 思想・哲学 | Trackback

嗚呼、「不寛容社会ニッポン」・・・二人の「ハシモト」と「昼メシも食えない」消防団員

https://togetter.com/li/1104574

不寛容社会もここまで来ると、本当に、業務にも支障が出てきますね!

消防団員・消防署員も(警官も)ロボットじゃあるめえにメシくらい食うだろうが!

最近では運転士が水分を取れないで倒れるという事件もあったそうで。運転士も水分くらい取ろうが!

一々ご説明しなければならないのだから。大変ですね。

こうやって、お互い首を絞め合っているんですよ。

まるで、戦時中の日本のようではありませんか?

共謀罪で密告社会になるというけど、既に日本は密告社会で、しかも濡れ衣の密告で、謝罪しなければいけないというトンデモねえ社会になっていますね。

こういう風潮の元で、
「無駄に見えるものは全て排除せよ」
という話になり、しまいに
「植松聖」
みたいに
「障がい者は無駄だ!」と勝手に判断し、虐殺をやらかす輩も一定割合で出てくるわけですわ。

振り返ると、昔のニッポン(ポストモダニズムが入ってくる前)もムラ社会で個人が尊重されていたとは言いがたいでしょう。しかし、他方で、「なあなあの部分」があってそれで救われている部分もあったのです。

もちろん、それは腐っていると言うことで、ポストモダニズムにより、1990年代以降、糾弾されました。

そのポストモダニズムを代表する政治家が橋本龍太郎(はしもと・りゅうたろう、故人、運輸大臣→総理)です。橋本は国労をやり玉に挙げる世論をバックに国鉄を解体しました。

もちろん、1990年代の「橋本行革」を通じて、裁量行政とか口利きで結果が左右されるとかそういう腐った面が是正された面もあったのは事実だと思います。2000年代前半を席捲した小泉純一郎さんも、基本的には橋本の新自由主義行革路線を継承した形です。

しかし、2000年代半ばくらいだろうか、新自由主義の影響が徐々に効いてきてで人々に余裕がなくなってくるにつて、他者の「動物としての生存や安全な業務遂行に最低限必要なこと」まで非難するような流れが出てきました。

そんな流れに乗っかったのがもうひとりのハシモト、橋下徹(はしもと・とおる)さんです。公務員に対して厳しい風潮を橋下さんがつくったことは、彼の支持者も彼の反対者も、誰も否定は出来ないでしょう。

もちろん、格差を放置してきた既存労組、ことに連合もひどかったのは否定できません。
あのころ、保守系だけでなく、革新系でさえも、年配者の中に「今頃の若いヤツは自己責任だ。」という風潮があったのも記憶しています。
だからこそ、あのころ(2000年代末~2012年頃)、橋下さんを支持した特に若手の非正規労働者たち、彼らを代弁していた団塊ジュニア世代の活動家たちの気持ちはよく分かります。

わたし自身も「既得権益を打倒すべきだ」「既成政党に天誅を加えるべきだ」という趣旨の彼らの主張を「了」としたことは事実です。

結局の所、既存労組や既成政党に「天誅」を加えただけでは生産的ではなく、とんでもない腐敗政治家・安倍晋三さんを蘇らせる結果となったことは痛恨であり、反省しなければならない。

他方で、人々に余裕がないために、ますます、身近な他者への不寛容は増すばかりでした。

ただ、身近な運転士や消防士や警官には不寛容なのに、あるいは、保育園をつくることにさえ不寛容なのに、なぜか、安倍晋三夫妻の国家私物化には寛容という倒錯した状況が生まれているのが現状ではないでしょうか?


by hiroseto2004 | 2017-04-30 21:45 | 思想・哲学 | Trackback
「橋龍惨敗」を「新自由主義惨敗」にできなかった痛恨
(敬称略)

1998年参院選で自民党は惨敗し、橋本龍太郎は「政治家として心にあるものはある」との言葉を残して退陣した。

橋龍はなぜ、惨敗したか?

それは、
「走れ、走れ龍太郎、小沢小泉かき分けて
 走れ、走れ龍太郎、追いつけ追い越せ引っこ抜け」
とばかりに、野党第一党党首だった小沢一郎※や、総裁選の対抗馬だった小泉純一郎と新自由主義を競い合ったからである。
1997年は凄まじい消費税増税や、規制緩和が行われ、デフレ圧力がかつてなく高まった。
日本共産党と新社会党以外、橋本の新自由主義に反対する者はいなかった。
極めてファッショ的な状況の中で橋龍は「火の玉になる」とばかりに構造改革に突き進んだ。

その結果は、拓銀破たん、山一破たんという日本発の金融恐慌であり、1998年の自殺者3万人突破である。

橋龍の恒久減税への対応がぶれたこともあり、橋龍への国民の怒りは爆発。自民党はわずか45議席にとどまり、惨敗した。橋龍の脂汗がにじんだ顔は忘れられない。

しかし、この参院選は結局のところ、当時は「新自由主義の敗北」という受け止められ方はしなかった。

日本共産党はともかくとして、共産党と同時に議席を伸ばした民主党や自由党に至っては、所属議員の多くが、経済政策でも外交・安保でも自民党の本流よりもむしろタカ派だったりするケースも多かった。それでも、「結果を出せなかった」ことへの「お灸」として、民主党や自由党に投票した人も多かった。

これでは、「お灸」という認識はあっても、それが新自由主義に待ったをかけるまでにはいかなかったのも当たり前である。

おかげで、その後も、新自由主義は繰り返された。小泉純一郎、橋下徹などなど。

その原因の一つは、1998年の参院選で橋龍が惨敗しながら、橋龍が進めた「新自由主義の敗北」という受け止め方がされなかったことにあるのではないか?

そのように思っています。

(ちなみに、橋龍のあだ名は「ポマード」でしたが、実際には水溶性の整髪剤だったそうです。)

※小沢一郎さんは今でこそ、護憲派寄り・社民主義寄りの政治家の代表格の一人ですが、1990年代までは新自由主義、海外派兵、原発推進のチャンピオンでした。


by hiroseto2004 | 2017-04-24 17:30 | 新自由主義批判 | Trackback

政治家の政策は対抗馬に引っ張られるーー「走れ走れ龍太郎、小沢小泉かきわけて」


二十年前の1997年頃、本社社主は、「構造改革」と称して新自由主義をばく進していた総理の橋本龍太郎を揶揄して以下のような替え歌をしていました。


走れ走れ龍太郎、小沢小泉かきわけて
走れ走れ龍太郎、追い付け追い越せ引っこ抜け


その心は、以下です。


当時は新進党代表で海外派兵推進、新自由主義のチャンピオンの小沢一郎さん※と、自民党総裁選挙で争った小泉純一郎さんに引っ張られ、新自由主義化していく橋本自社さ政権を揶揄したものです。


当時はそれこそ、日本共産党と新社会党以外は規制緩和万歳、辺野古移設推進という、ある意味今よりひどい大政翼賛状況でした。


政治家の政策は、対抗馬に引っ張られるのです。

社会党や共産党が強かった時代は自民党主流(旧竹下派、宮澤派など)も福祉や環境を言い、(当時は新自由主義のチャンピオンだった)小沢一郎や小泉純一郎が強くなると新自由主義へ流れる。

そういうことですね。


※「SEALDs」などの若い人が生まれてさえいない時代には、小沢一郎さんこそが、新自由主義で海外派兵推進、核燃推進のチャンピオンでした。2003年に小沢さんは民主党入党。この際に横路グループと組み、社会民主主義、護憲寄りにスタンスを大きく変更しました。


by hiroseto2004 | 2017-04-20 15:03 | 歴史 | Trackback
緊縮財政で鳴らす与謝野馨・たちあがれ日本共同代表。

そのたちあがれ日本と財政健全化へ向けた考えはかなり共通している、と岡田克也幹事長がおっしゃった。

恐ろしいことです。日本の与党第一党が、財政再建至上主義に走れば、日本経済は間違いなく破滅します。

今、内需(民需)も外需も暗雲が立ち込める中で、政府がお金を使わないと、経済は回らないのです。

経済が回らないと、税収も落ち込み、余計に財政は悪化しますよ。

1997年、橋本龍太郎政権での消費税増税&健保負担増のコンボで、翌年にかけて、日本は凄まじい金融恐慌となり、橋本龍太郎さん率いる自民党は、 1998年7月執行の参院選で44議席と惨敗したのです。

あの繰り返しになりますよ。

総理官邸の執務室と、民主党幹事長室には、橋本龍太郎総理の退陣会見の写真を飾っておくべきです。

http://otona.yomiuri.co.jp/history/20090713_01.htm

http://otona.yomiuri.co.jp/history/popup/20090713_01.htm


http://www.asahi.com/politics/update/1225/TKY201012250203.html

財政再建の考え方「共通」 岡田幹事長、たち日連携意欲

続きはこちらをどうぞ!
by hiroseto2004 | 2010-12-26 18:06 | 経済・財政・金融 | Trackback
橋本龍太郎総理が消費税を引き上げた後の12年間の経済政策の帰結のひとつは、極論すれば、「ブラックな介護経営者」増大ではなかったでしょうか?

 橋本龍太郎政権は、1997年4月、消費税を引き上げ、9月からは健保負担を2割に引き上げました。
さらに、11月には北海道拓銀と山一証券が相次ぎ破綻。当時の大蔵省は「ビッグバンが進んだ」と歓迎していたように見えました。

「痛みに耐えれば、ダメな銀行は淘汰され、いい銀行だけになり、日本はよくなる。」

そんなイデオロギーが蔓延しました。

橋本龍太郎総理は、さすがに1998年、参院選で惨敗して退陣しました。

小渕内閣でいったんカンフル剤を打ったが、一方で、労働者派遣法を緩和。金持ちへの減税も行いました。
その後、小泉純一郎さんや竹中平蔵さんらが再び「痛みに耐えて良く頑張った!」などと絶叫しました。

残念ながら、鳩山前総理も「改革を競い合う」などと言ってしまった。

しかし、実際には、中小企業が次々つぶれ、雇用が無くなりました。

確かに、「いままでより人々が高い所得を得られる産業に移動する」構造改革なら良かったかもしれない。

しかし、現実には、人々はブラックな企業でも我慢して働かざるを得なくなったのです。

地方交付税カットもあって、地方経済も冷え込み、やむなく、都会で派遣労働者や有期雇用労働者として働く人も増えた。

このように、小泉政権は、大手企業が低賃金の労働者を使い、アメリカへの輸出で儲けることを援護射撃した。

しかし、アメリカが崩落し、それは行き詰まった。

そこで、麻生政権では、介護に労働者を流し込もうということになった。

介護も、もともと報酬が低すぎた、という問題はあります。

それにくわえ、失業対策的な意味合いで、介護に人を突っ込む流れが、小泉政権の頃から進みました。それが、2008年の世界同時不況以降、さらに加速した。

 他にあまり仕事がない中、いい加減な経営者が経営する事業所でも我慢して働かざるを得ない人が多くなった。そして、使い捨てられている。

 今は、処遇改善のための基金が設けられてはいる。しかし、いい加減な経営者がおられるという現実は厳然としてある。

  橋本政権による「六大改革」(1996年11月発足の第二次橋本政権の目玉)からその後13年間の流れを見ると、「いったい何をしていたのだ」ということになります。

  多くのとくに地方の産業を潰した挙句、いいかげんな介護経営者をふやした。というのがその帰結ではないかと思います。

大本にあった「景気が悪いほうが、駄目な企業が淘汰され、日本は良くなる」というのが間違いだったのです。いや、間違いと言うよりは、間違った経済政策によるデフレで、とくにお金をたくさん持っている人が得をしたともいえます。

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by hiroseto2004 | 2010-06-11 19:06 | 経済・財政・金融 | Trackback
内閣支持率は、47%に下がったという時事通信社の世論調査結果。

そもそも、八割も内閣を支持しているなんてことはいつまで続くことはありえません。そんなのが続いたらファシズムだ。内閣支持率が落ち着いたことは、日本人の正常な感覚と捉えたい。

小泉純一郎さんでさえ、人気者のイメージがありましたが、実際に支持が高かったのは、2001年の就任当初と2002年の訪朝後、2005年の郵政選挙くらいです。

全ての人を全て同時に満足させることは不可能だ。

最低合格点【例えば60点】で妥協することも必要なのです。あるいは、課題に取り組む時期を批判覚悟で先送りすることも必要だ。

なんでもかんでも同時にやろうとしたら、破綻します。

国民経済と財政再建ならまず国民経済を優先すべきでしょう。

沖縄問題なら、たかが普天間一個国外に持って行ってもらうのに、そう技術的な苦労はない。国内の教条的な親米派【実際は極端にアメリカにすり寄ったら国民の反発が高まって、日米関係にも響くんですが】の支持を失っても、アメリカに代替案を提案できるか?

かつて橋本龍太郎総理は、「恒久減税」をめぐる発言をめぐってぶれた。その結果、景気の悪化とあいまって参院選での惨敗を招いたのです。

また、橋本さんは「六大改革」を掲げていました。

しかし、雇用や景気に対応すべきときに相変わらず、改革騒ぎに傾倒し、時機を逸した。

橋本龍太郎総理こそは、なんでもかんでもやろうとして、うまくいかなかった先例でしょう。

閣僚には以下のことをお願いしたい。

まず、発言は落ち着いて。
他人の顔色ばかり伺わない。

百パーセントの人に百パーセント満足してもらえるなんて思わない。そんなことできるわけない。
それこそ、ファシズムですから。

さて、たぶん民間企業だと頑張ればお客様に満足してもらえるでしょう。いい製品、いいサービスを提供すればよい。

もちろん、行政においてもいいサービスを提供する努力は惜しんではいけない。
しかし、行政とか政治は、真っ向から利害や意見が対立するものを調整しないといけない。

立場として、恨まれることも覚悟しないといけない。不満をもたれることもある。最悪なのはぶれまくって醜態をさらすことです。


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以下の与党各党も参考に
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「建設的野党」日本共産党
解散・総選挙にのぞむ基本的立場(日本共産党)
by hiroseto2004 | 2009-12-19 08:13 | 新しい政治をめざして | Trackback(1)